【本】ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
英国在住のライター・保育士であるブレイディみかこ氏が、一人息子の学校生活や家族の日常を通して、彼らをとりまく英国社会の今を描いたエッセイである。
多様性のほろ苦さ
日本で大きな話題になったという噂は耳にしていたが、実際に読んでみると、もっと多くの日本人に読んでもらいたいと強く思う一冊だった。
筆者たちが住むブライトンは英国の中でも住民の貧富の差も激しく、低所得の白人を中心に多様な人種が混在している地区である。カトリック系の小学校を卒業して公立の元最底辺ランクだった中学に進学した息子は、これまでと異なる経験や価値観、友人との出会いを重ねていく。その様子が淡々と、かつユーモアを交えて綴られている。彼の聡明さと素直さに感嘆するとともに、親子のやりとりに頷かされることも多く、あっという間に読み進めてしまった。
アメリカに来て数年が経つが、海外で生活することで得られるもっとも大きなものは、多様性というものに直に触れられることだと日々感じている。こう書くとサラッとしているが、空気を読み、文脈を読む文化で長年育ってきて、それまで自分がいかに「●●しなくてはならない」「普通は●●するよね」「これぐらい分かって当然でしょう」「流行はこれを押さえておけばOK」といった価値観にとらわれ、かつ守られていたか、そして一歩世界に出ていくとこれらの価値観はいかに簡単に打ち砕かれていくかということを痛いほど感じたものである。
この世界で、さて自分はどう生きる?
さらに、多様性の大きな波が押し寄せて来たときに、頑なに跳ね返すのでも、自分の殻に閉じこもってしまうのでもなく、この世界の中で、自分は何を得てどうやって生きていこうか?ということに真摯に向き合っていけるかどうかが世界で生きていく鍵ではないかと思う。
自分の中心には決して折れない芯を育て、表面はふんわりと多様性の波に柔軟に対応できるような、そんな強さを生み出せたら万々歳である。
補足すると、ある程度の年齢を過ぎてからでは、このような多様性への耐性をつくることは簡単ではない。私だって30代後半で渡米して己の自意識や常識と眼の前の世界とのギャップを埋めるのに苦労は多い。
よって、10代、20代、できるだけ若くて感受性豊かな時期に海外に出ることは貴重な財産だし、日本の若者に義務化してもよいぐらいだと思っている。
未知との遭遇は、めんどくさくも豊かなもの
一人息子がノートに書いたというタイトルの言葉「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」。そのあいまいさには、彼なりに多様性の中で生きていく術となる「柔らかさ」が垣間見えて応援したくなる。また、彼が「エンパシー=自分がその人の立場だったらどうだろうと想像することによって誰かの感情や経験を分かち合う能力」を学校で学んだというエピソードには、異なる文化、価値観、文脈で生きてきた人たちが共存するために大切なことは暗黙知では共有できないということを改めて感じた。
この本を読んで、海外生活ってやっぱりめんどくさそう…と思う人も多いかもしれない。
バックグラウンドが異なる人々が構成する社会は、地雷もあるし誤解もあるので楽ではない。それでも、例えば「小学生の頃といえばドリフだよね」というような共通のバックグラウンドがあることと同じくらい、いや本音を言えばもっと面白い、未知なるものとの出会いの醍醐味があると私は思っている。本書から、その面白さを感じ取ってくれる方が増えればと願っている。
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