【本】漂流児童 ー福祉施設の最前線をゆくー レールを外された子どもたちが生きる世界
ノンフィクション作家石井光太氏はこれまで海外の恵まれない子どもの実態や、東日本大震災で遺体と対峙する方々の様子など、多くの人が普段うかがい知れない現場を取材している。本書は日本の児童福祉の実態とそこで生きる子どもたちや関係者の人間像に迫った一冊である。
さまざまな形態の児童福祉施設
私は児童福祉に関わる家族の元に育ち、社会学を専攻し、現在もNPOで働いているため、ある程度児童福祉の制度や諸問題にも関心を持っているほうだと思うが、本書で登場する施設や制度の中には、不勉強ながらその存在を初めて知るものもあった。
例えば親元での生活が叶わない子どもが暮らす児童養護施設や、罪を犯した少年少女が社会復帰を目指す少年院は知っていたものの、「集団生活に困難があり」かつ「虐待などで親元での養護が困難」な小中学生が生活する児童自立支援施設の存在は初めて知った。
児童養護施設の子どもたちは地域の小学校等に通うが、本書で紹介されている丘の上にある児童自立支援施設内は生活空間と公立小学校の分室の両方をを兼ね備えており、施設から出ることなく生活を送る。
施設を支える人々のリアルな姿
また、DV等から逃れた母子が暮らす母子生活支援施設、望まない妊娠で生まれた子どもを、出産後すぐに養子に出す特別養子縁組支援施設、少年院の中でも心身に疾患を抱えたものが収容される医療少年院など、存在は知りながらも具体的にどのような対象者がおり、支援者がいかに彼らの生活を支えているかというのをこれまで知り得なかった施設の仕組みや様子も、実際のインタビューから理解することができた。
その他、LGBT、不登校の子が通うフリースクール、女子少年院やこども食堂など、社会のレールや仕組み、競争からはずれた子どもたちを支える現場の最前線の様子をうかがい知ることができる。
小さな違いが及ぼす大きな影響
全編を通し、これらの施設で支援される子どもや親の要因には、発達障害と養育環境、具体的には虐待や育児放棄(ネグレクト)が大きく影響していることが明白である。児童自立支援施設でも少年院でも被虐待児、かつ発達障害等を抱えている子どもが多い。
親が発達障害を持つことで正しい判断ができないことで望まない妊娠をしてしまったり、夫の暴力から抜け出せなかったりもする。子どもの場合はADHDが原因で学校になじめなかったり、幼いころ十分な保育を受けられなかったことで善悪の区別や相手への信頼感を持てないまま成長してしまうなどである。
生まれながらのちょっとした特性の違いに、家庭環境という要因が加わることでこれほどまでに大きな影響が出てしまうということは、社会の大きな欠陥ではないか。
本書に登場する人たちの多くは周囲からの助けを全く得られない絶望的な環境で過ごしたのだろうと苦しく思う。
自分を肯定してもらうことの意義
本書で紹介されている「少年刑務所」は、少年犯罪の中でも殺人など重罪に問われたものが収容されている。著者が投げかけた、「なぜ十代の少年が殺人などの重大犯罪を起こすのか」という問いに看守長はこう語っている。
「(人間は)もともと生物として生き抜くために多少なりとも残虐性を備えています。多くの場合は、家庭の中で愛情を注がれて育つことで残虐性が薄れて理性をもち、暴力を捨てて人と強調するなど社会性や道徳性を身につけるようになり、ストレス耐性も高くなります。でも、家庭などに恵まれない子は愛情飢餓状態のまま、残虐性が大きくなり、理性や社会性の欠落から重大犯罪を引き起こしてしまいます。」
著者はこれを受け「家庭で愛情を受けた経験がなければ、「感情未分化」の状態となって、細かな感情をもてなくなる。具体的には、他人を思いやることに何の意味も見いだせなかったり、活きていても楽しいことはないと投げやりになったりする。中には自分の命を大切にする意味さえわからなくなる者もいるほどだ。」と述べる。
看守長の「子どもにとって大切なのは、本来の自分を生きて、それを親に肯定してもらうということなんです。」という言葉には、日々困難な矯正教育に向き合っている人だからこその重みを感じた。
「ごちゃまぜ」が描く希望
希望を感じられる取り組みも紹介されている。金沢にある「シェア金沢」は、国立病院の跡地を利用して開発された複合コミュニティである。高齢者向け施設、学生向け寮、障害者施設やスポーツグラウンド、ドッグラン、温泉やレストランなどが集まっているそうだ。学生が高齢者向け施設や障害者施設でボランティアしたり、グラウンドで子どもが遊ぶ様子を高齢者が見守ったり自然に交流が生まれるという。
コンセプトは「ごちゃまぜ」だというが、この「ごちゃまぜ」を子育ての早い時期から体験できる環境がもっと広がれば、生きづらさや育てづらさから抜け出せる人も多いのではないかと思う。
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