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日本から家族がやってきた!

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去る4月下旬。 日本ではゴールデンウィークの始まりですが、アメリカは普段通り。 とはいえ我が家には、休みを利用してはるばる日本から 母と姉が来てくれました。 ちなみに、姉はハワイ・オーストラリア 母は中国・シンガポールなどへの渡航経験はありますが、 アメリカ本土へのフライトは初めて。しかも乗継…。 日本~シカゴ~ローリーダーラム国際空港までの長旅。 シカゴでの乗継など、綿密に事前連絡を重ねてきましたが、 当日はシカゴからローリーまでの便が天候不良で2時間遅れ。 いきなり心配な幕開けでした(汗) 私も、いわゆる「お迎え」は初体験。 我が家から空港までは15分あれば到着するので とても助かります。 そして待つこと1時間半…ついに到着~!! 今回はこちらは平日で会社・学校など通常営業のこともあり、 遠出はせず、日頃の生活の様子を見てもらう旅となりました。 朝、息子のプリスクールへみんなで送りに。 保育士の姉は日本とは趣の異なるアメリカの保育施設の様子を つぶさに撮影。 娘の学校にも行きました。 水曜は近くのショッピングモール、 そして木曜は遠くのアウトレットまで。 私も相当運転を頑張りました(笑) 木曜の夜は、ちょうど出張で来ていた 大学時代のアルバイトの後輩城山君もお呼びして みんなで夕食★ 金曜日には家族も一日休みを取り、 ESLの先生が開催するBBQパーティにみんなで参加。 いかにも「アメリカ」な広いお宅に色々な国の方が集まるパーティ。 姉は韓国の女性とかなり意気投合。 食事を楽しんだり、皆でゲームをしたり歌ったり 何より、買い物や食事だけではなかなか味わえない リアルな「異文化コミュニケーション」を楽しむ場を 家族にも体験してもらえて私も嬉しかったです。 夜はこちらで有名なステーキハウスへ。 土曜日は子ども達の補習校の日。 こちらも朝から一緒に行き、教室の様子や ちょうど行われた父母総会にも参加。 アメリカの中の日本!という感じの空間に 驚くようなほっとするような気分だったかもしれません。 授業が終わるまでの間、近くのショッピングモールへ。 母曰く、こちらでは日本でなかなか無い シニア向けの素敵な洋...

初のESL・春季クラス終了

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1/6から通っていたESLクラスが終了しました。 月曜から木曜まで週4日・朝9時から12時までという授業は 決して楽ではなく、朝は子どもを送り届けてからダッシュで通学。 おまけに帰宅後は仕事をして、夕方は子どもの宿題、 そして月に1~2日は深夜までSkypeをした翌日の授業。 いやー、こうやって文字にすると、頑張った!私!と思います(笑) 中盤、2月の終わりには数年ぶりの熱まで出したし…。 でも、結局最後まで、病気とボランティア活動以外は欠席ゼロ! なぜか?というと、本当に楽しかったから。 ・自信がない、と思っていた基本的な文法をおさらいできたこと ・積極的な他国の人に影響されて、とにかく声を出すようにしたこと この2つによって、英語にも少しずつ自信がついてきたし、 何よりも楽しいのは、先生もクラスメイトも、個人個人がお互いの パーソナリティやバックグラウンドへの関心、好奇心にあふれていたこと。 私のクラスはなぜか、途中から来なくなる人が多かったのですが(苦笑)、 インド、韓国、中国、ロシア、クゥエート、ソマリア、チリ、ベネズエラ…と これまでの人生ではなかなか会えなかった人たちに沢山会えました。 昨日はインド人の素敵おじいさんがアメリカ市民権を得たということで、 皆で持ち寄りパーティー! 卒業制作(?)は、「Poem About Me」。 I am... ,I wonder...といった文章に言葉を入れていきます。 「ぽ、ぽえむ?」と思ったけど、思いのほか楽しかった。 マドレボニータのクラスやワーキングマザーサロンでも 「自分を主語に言葉を紡ごう」とするものね。 最後は大好きな歌からいただきましたが^^ 日本での生活もとても大切だけど、ここでこそ得られた かけがえのない経験をたくさん自分の中に詰め込んで、 今日しかない今日を過ごしたいと思いを新たにしました。

マドレボニータのあたらしい挑戦です☆クラウドファンディングREADYFOR?へのチャレンジ

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今、マドレボニータで「産後の過ごし方」をテーマとした『産褥記3』という本を制作しています。 作者は産後セルフケアインストラクターの吉田紫磨子さん。 毎日更新の人気ブログ 「日刊シマン」 の著者でもあります。 出産の前後には、なんと手書きで記事を書き、画像をアップされていたという 書くことへの徹底したこだわり!! そんな紫磨子さん責任編集の『産褥記3』、面白くかつためになり、 心動かされる一冊になること間違いありません。 「産後ケア」という言葉も時折マスメディアに乗るようになってきましたが、 出産により受けたダメージを回復しないまま子育てに突入するケースが まだまだ多く、そのことが育児うつや虐待の一因にもなると考えられています。 『産褥記3』では、子育てのスタート期にあたる「産後1か月」に光をあて、 適切な静養のしかたやそのために必要な環境の整え方をお伝えしていく予定です。 この本を、産前産後の女性だけでなく、ひとりでも多くのかたに読んでいただきたい! そのために、今回、クラウドファンディングのREADYFOR?にチャレンジすることにしました。 目標金額80万円。目標に達すれば、支援金を受け取ることができます。 (逆に言うと、1円でも達しないと「チャレンジ不成立」になり、支援金もまったく受け取ることが できないのです・・・)いただいた支援金で、少しでも多くの人へ届けたい!と思っています。 READYFOR?を立ち上げてくれたのは、事務局スタッフの坂崎あゆみちゃん。 私が事務局に入りたてのころ、あゆみちゃんは社会起業を学ぶ学生インターンとして ちょうど『産褥記2』のプロジェクトで活躍していました。 「いまどきの大学生って…こんなに楽しそうで、かつ有意義なことをしてるんだ!!」と 衝撃を受けたものです。 あれから3年、縁あってあゆみちゃんは再び事務局スタッフとして働いてくれており、 講座の受付など産後女性と日々コミュニケーションを取りながら、 マドレボニータにフレッシュで^^新しい風をたくさん吹き込んでくれています。 あゆみちゃんがエネルギーをたくさん吹き込んで作ってくれた、 「出産後の母親のリアルを伝える本をつくりたい!」 マドレボニータの「READYFOR?」チャレンジページはこちらです。 (今制作中の『産褥記3』の中身もちょこっとお伝えして...

ノースカロライナで「産後」!はじめの一歩

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3月も下旬だというのに、 気温低下による路面凍結の恐れのためなんとまた休校。 今年の休校は、述べ8回…! さすがに8回目ともなるとこちらも知恵が付いてきます。 このチャンスに娘の小児科の検診予約を取ることに。 アメリカの病院は、急病ではない診療の予約は1〜2週間待つこともざら。 どうせなら、学校に遅刻や早退をしなくてもよい今日の どこかで予約を入れこみたい…! ちょうど前回息子が受信した時の 誤った請求書が届いていたので(こういうことも多い…)、 その確認で朝一に病院へ。 私が内心頼りにしている、とても感じの良い受付の方が 今日もいたので、思い切って、検診の予約を相談。 無事、午後の予約を取ることができました! これで診断書をもらい、息子のプリスクールの小学生クラス (学童のようなもの)に娘も登録できます! 学校は春休みなどだけではなく、Teacher work dayという 先生がデスクワークを行う為の休日?も年に数回あるので、 スポットでの保育先があると安心です。 小児科に貼ってあったチラシ。 こういう取り組みは色々なところで目にします。 でも、日本の方で、もしも英語に自信がなかったら こういう場にも参加しづらいのでは…とも思ったり。 この日は日本からの荷物も到着! 「婦人之友」にはマドレボニータ事務局スタッフもこちゃんの取材記事も☆ この素敵な収納棚にたくさんマグを集めているもこちゃんへのお土産は、 やはりコレかしらん(写真ボケてて失礼)。 さて翌日、再度の休校を恐れつつ無事水曜日を迎えました。 コツコツと印刷し、三つ折りしたリーフレット達。 この日はNPO法人 Southern Bridge International(サザンブリッジ) さんの イベント「Book&Cafe」で、マドレボニータの活動と産後について お話させていただきました。 一昨年の秋、NCへの移住を検討して家族で訪れた時に サザンブリッジさんを訪問し、生活に関する さまざまなアドバイスをいただいたことがきっかけで 今日の日を迎えることができました。 妊娠中の方や、今後の参考にと...

日本語補習校の卒業式・緑の週末

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子どもたちが通う日本語補習校の 卒園・卒業式が開催されました。 文字通り、幼稚部を卒業する子どもたちから 小6、中3、そして高校3年生まで一堂に会して行われます。 会場は趣のあるりっぱな講堂。 補習校は私立の女子校のキャンパスを お借りしてますが、敷地内には映画のように素敵な建物ばかり。 本来は該当する生徒の保護者が参列するようですが、 我が家は来年度の役員を務める夫が係りとして出席するため、 私も二階席から参加。 大きな横断幕と金屏風。 卒業する6年生のことば。 英語が苦手な子もいれば日本語が苦手な子もいて、 それぞれの背景に思いを馳せるだけでじーんとくる…。 そして、中学、高校の代表生徒の言葉にはもう涙、涙。 我が家の子どもたちはアメリカに来た時点で8歳と5歳。 8歳は特に、日本語の本も大分読める年齢になり、 ある意味母国語をベースに二つ目の言語も 学びやすい年頃?と思いつつも、 実際に日々勉強して行く中で それ程生易しいものではないと痛感している真っ最中。 先輩方が言うとおり、これから程なくして英語を習得したとしても、 その分日本語を深めて行くことも楽ではないだろう。 だからこそ、アメリカ社会で奮闘しながらも こうして卒業の日を迎え、感謝と希望に溢れた謝辞を アメリカ風に?笑顔を織り交ぜながら話す姿には 「未来に幸あれ!」と心からのエールを贈らずにはいられない。 春から娘は3年生に、息子は年長に。 先生方、ありがとうございました! 昼食を食べに行ったら、街は緑の服を着た人ばかり! 17日はアイルランドのお祭り、セントパトリックデイなので、 この週末もパレードが行われていたようです。 聖人パトリックさんに因んで緑のものを身につけるのだそう。 いろんなところで春を感じる一日でした。

NCと東京の地理的比較

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私が住むノースカロライナ州のCaryという街は、 「トライアングルエリア」と呼ばれる地域の中にあります。 州都のRaleigh、そしてDurham、Chapell Hillという街を 三角に結んだエリアという意味で、この3つの街に それぞれ大きな大学があることから、そう呼ばれているようです。 住んでから感じていたのですが、地理的に 東京と多摩地域に、なんとなく似ているなあと思います。 …というのも私は「地図」が大好き、大学も社会を「地理」で受験したほどで こういうことを考え出すと止まらないのです。 そこで、実際にGoogleマップで同じ倍率で比較してみました! 夫の会社があるダウンタウンは日本で言ったら丸の内、 我が家はまさに前住んでいた三鷹か、国分寺といったあたりでしょうか。 (あくまで距離で例えております…) <ノースカロライナ・トライアングルエリア> 我が家はCary(ケーリー)の端っこで、「モリスビル」と表記されているあたり。 州都ローリー(ラーレイとも言う)のダウンタウンに夫は通勤しています。 すぐ上に空港のマークがあるのがわかりますか? 車で15分ほどでお迎えに行けますので、お友達の皆さまお待ちしていますm(_ _)m <東京都とその近郊> こうして比べてみると、同じぐらいの広さで こののんびり感…というかゆったり感… なんだか不思議に思えてなりません。 (まあ、東京でも23区と実家のある八王子市では だいぶ違いますが!) 毎日通っているESLは、三鷹から永福町、 いや二子玉川?あたりまで走ってるんだなあとか、 こうして同じ距離で比べると驚いてしまいます。 日本では三鷹から、せいぜい吉祥寺まで行くのが精いっぱいでしたから…! 電車に乗ることがまったくなく、 車も道はわりと広く、車道を走る自転車や飛び出す歩行者に ドキっとすることはほとんどないこちらでは、 場所移動に関するストレス値はとても低いと思います。 乳幼児を育てていく時期には 本当にありがたいことですよねえ…。 我が家は下の子も5歳になり、日本でもだいぶ大変さは減りましたが きっとこちらで乳幼児を産み育てていたら、 日本で起こるような公共交通機関での軋轢や、 親が育児で感じやすいストレ...

数年ぶりに倒れるinアメリカ

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だいぶ遡りますが、2月の最終週に 数年ぶりの熱を出して倒れました。 インフルエンザに最後にかかったのは、 おそらく15年前。 まともに熱を出したのも5年以上は前です。 2月23日(日) この日は、出張でRaleighに来た大学時代のバイト仲間と、 彼の会社の方と食事をすることになっていた。 NCに友人がくるなんてまたとない機会!! 起きたらちょっと体調がすぐれない感じがしたけれど、 再会を楽しみに出発した。 夕方、なんだかどんどん具合が悪くなり、 帰宅したとたん、ものすごい寒気。 すぐベッドに飛び込んだ。 その後はもう、寒気と頭痛にうなされ 何も考えられず、ただ寝込むばかり…。 2月24日(月) 幸い、夫が在宅勤務にしてくれたので 本当に助かった。 ひたすら…頭痛に苦しみながら眠り、 起きてまた頭が痛くて、痛みを逃れるために眠る。 子どもがはしゃぐ声も頭に響いて仕方ない。 熱が39度を超える…これはインフルエンザなの?? 2月25日(火) 夫に病院に連れていってもらう。 検査をしたらインフルエンザは陰性! でもタミフルを処方される。 驚いたのは、予防接種を受けていなかった夫も 予防のため同量のタミフルを処方されたこと@_@ しかも、「タイレノール(風邪薬)も飲んでね」と言われ、 処方箋に書いてあるのかと思っていたら 書いていなかった…。(別途買ってね、ということらしい) 飲み始めたら少しずつ回復していきましたが、 水曜はまだほとんどベッドに横になって休息。 久しぶりの体調不良は本当にしんどく、 こんなに頭がいたくて脳がどうにかなってしまうのではと 朦朧としながらも思うほどでした。 そして、眠りから覚めても苦痛が治まっていないという 絶望的な思い。重い病気と闘っている人は いつもこういう思いで目覚めを迎えているのか…?と あらためて、普段考えの及ばないところまで思いめぐらしました。 そんなしんどい数日間でしたが、 夫が柔軟に勤務体制を変更して看病と家事育児を 行ってくれたことが本当に助かりました。 健康って本当にありがたい!!! 一日一日...